「全く、置き去りにするとは、随分酷い男だな」

「でも約束は守ってくれたし…」

「だが、願いを叶えたからといって、意識のない女性を城の前に置いていく…というのは、いかがなものかと思うが?」

「で、でもほら、一番安全だってことだよ」



一番安全、ならば…何故お前は、帽子屋の家にいる。



いや、それを決めたのは他ならぬ"女王"である、私だ。
あの時は、イレギュラーなものならば、帽子屋の元へ置けばいい…そう考えたが、今となっては後悔している。



たが、これは…"女王"としての意見、ではない
"女王"が抱いてもいい…感情、ではない




喉元まででかかった台詞を紅茶と共に飲み下すと、考えていたこととは別の事を口にした。

「この国に安全な場所などないよ」

「えー、でも寝起きの帽子屋さんほど危険な場所はないと思うよ?」

「ほぉ、あの男…そんなに目覚めが悪いのか。面白いことを聞いた」

「…も、もしかして、これって帽子屋さんの極秘事項だった?」

「さぁ、どうかな」



秘密なんて誰にでも山ほどある。
人に言えないこと…それが、秘密というものだ。

あの男の目覚めの悪さなど、知っても知らなくとも問題はない。
到底秘密などと言えないが、どうしても強引に秘密に分類するならば最下層に放り投げても構わない。

だが、そんな些細なことでも…お前には、秘密…しかも極秘事項になるのだな。



「あたしが言ったって帽子屋さんには言わないで!」

「それは、お前次第…というところか」

「あたし次第?」

「あぁ、そうだ」

極秘事項を他人に伝えてしまった罪悪から、神妙な面持ちになったの表情を楽しみつつ、指先で机を一度叩いた。

「お前の秘密をひとつ、私に教えろ」

え!?

「そうすれば、帽子屋の極秘事項とやらは聞かなかったことにしてやろう」

「ええええ!?」

「どうした?悪い取引ではないだろう」

「で、でも…あたしの秘密っていうと、えっと…」

「ちなみに、スリーサイズは秘密にはならんぞ」

「え゛」

直接お前の口から聞く…というのも楽しそうだが、それぐらい見ればわかる。
そんなありきたりのことではない、秘密を言ってごらん。



私が、見ても、触れても、わからない…お前の心の内にある、秘密を…教えるんだ。



「さぁ、どうする…?」

笑みを浮かべ彼女の様子を伺えば、暫し唸るような声をあげた後、何か思いついたように手を叩いてこう言った。

「今日はあたしの誕生日です」

「………………なんだと」

「眠りネズミさんが、俺でも知らない情報を隠し持ってるなんて凄いなって言ってたから、この国では誕生日って、皆秘密なのかな〜って」

「………」



――― 誕生日、だと



他愛無い駆け引きなど、どこかへ飛んでしまいそうになった。
女王という立場も忘れ、の生誕を祝うにはどうすればいいか…という事にばかり、思考が巡る。

「これで帽子屋さんの秘密は聞かなかった事にしてくれる?」

「…………」

「…女王様?」

不安げな彼女の声を背に受けつつ立ち上がると、鍵の掛けてある棚へと手を伸ばした。
胸元から鍵を取り出し、袖のレースに気をつけながら中にいれてあったある物を取り出し、席に戻る。

小瓶に気づいたが興味深そうな顔をしていたので、目の前にそれを置いてやった。

「これは?」

「紅茶の蜂蜜だ」

「紅茶の蜂蜜!?」

「あぁ…帽子屋に見つかると煩いので、普段は隠してあるのだが…特別な日には、こうして…紅茶にいれて楽しんでいる」

新しいカップに紅茶を注ぎ、その中に飴色の蜂蜜を垂らす。
軽く混ぜてから彼女の方へカップを差し出せば、細い指先がカップを持ち、興味深げに顔を近づけた。

「わ…香りがいつもよりも甘い」

「飲んでみろ」

「うん…」

静かな部屋に、彼女が紅茶を口に含む音が…微かに響く。

「…優しい味」

「そうか…」

些か緊張していた自らの口元が緩むのを感じ、小瓶にフタをして彼女へ差し出した。

「残りはお前にやろう」

「え?でもこれ特別な日に使うものなんでしょう」

小瓶を手に取り、私の方へ返そうとする彼女の手に自ら手を添える。

「お前の誕生日ならば、特別な日と言っても構わないだろう」

「……女王様」

「誕生日おめでとう…。私からの心ばかりの品だ…受取ってくれ」

不思議だな。
今、手の中にあるのは、この城の女共と同じ…包み込めるほどに小さく、握りつぶせそうに華奢な手のはずなのだが、どうしてこうも…温かく感じるのか。



離したくない…



そう思いながらも、このまま触れていては逆に抱き寄せてしまいそうになる気持ちを隠すよう、添えていた手をゆっくり離して膝の上に戻した。
暫し小瓶の扱いに躊躇していただったが、やがてそれを自らの方へ引き寄せ、嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう、女王様」

「…あぁ…」

その微笑みが、私には何よりの喜びだ。

出来るなら、その小瓶のようにお前を私の腕に抱き寄せて、閉じ込めてしまいたい。
だが、それは…"女王"の役目ではない。

「わ…これだけ舐めてもちゃんと紅茶の味がするんだね」

「あぁ、それはダージリンだが…気に入ったのなら他のものも用意しておこう」

「ホント?」

「あぁ…だが、それを使うところを帽子屋に見られないようにせねば、な」

「…うっ」

「見つかれば、どれだけ面倒な事になるか…わかるだろう?」

「…あ〜…」

「余分なものをいれるなど、言語道断…とでも言い、取り上げられないよう気をつけたまえ」

「こ、こっそり楽しむ事にする…」

「ふふ…そんなことをせずとも、いい方法があるだろう」

「いい方法?」

「あぁ、そうだ。今日みたいに飲みたくなれば、城へ来ればいい」

「…あ、そっか!」

「隠れて飲むなど、紅茶に対して失礼だ」

「だよね!うん、じゃあ飲みたくなったら女王様の所に来ますね…コレと一緒に!」

小瓶を手に取り微笑む姿を、瞳を細めて眺める。





本当に…お前は、眩しいよ、
その言葉だけではなく、微笑みも、仕草も…
全てが、愛しくてたまらない

他人の生誕を祝うことが…
こんなにも自分の心を躍らせるものだと…はじめて知ったよ。

お前の可愛い秘密と、この至福の時の礼に
お前曰く極秘事項、と言われた件については、口外せずにいておいてやろう。


だから、また…ここへ来い
誰の所でもない、この、私の元へ…





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今年の誕生日で、初めてAre you Alice?のキャラのほぼ全員を使って書いた
一応、連続する話……です。
UPするために、コメントとタイトルを考え直しました。

現実世界では、どうも色々あったらしい女王様(♂)
どんな人か私自身良くわかってないんですが、私的Are you Alice?の世界には必要な人です。
女性会話とか、そーいうのもしたいじゃないですか。
そうすると、女王様は男性だけど女王様…女性じゃないですか。
メイクもドレスもばっちり!!
女性の趣味もいい!となると、ほら、女性会話するとなると必要よねって(笑)
まぁそれ以外でも、謎多いですが…好きですよ、女王様。